被災状況
職員・利用者の被害
施設の被害
- 白石城歴史探訪ミュージアムの向かい側にある白石城は、外壁が落ち、ひび割れ多数。救済募集記事が記載された。[1]
- 被害額は1億1550万円。1995年に復元された白石城は文化財に指定されておらず、都市公園法に基づく施設や文教施設にも該当しないため復旧に当たって国の補助金を利用できない。[1]
- 市は当初、年内の白石城復旧を目指していたが、冬場の工事を避けるため、最短でも2012年3月着工、6月完了を見込む[2]
「城内は、はがれ落ちたしっくいで真っ白。戸締まりをしようにも、戸を閉めたそばから余震で開くような状態だった」。
白石城・歴史探訪ミュージアム副主幹の大宮宗雄さん(50)は、震災当時を振り返る。
収蔵品・展示の被害
その他の被害
運営情報
- 2013年1月26日~3月3日: 企画展「震災を越えて『白石市の文化財レスキュー』」開催(白石城歴史探訪ミュージアム 2階展示室)[3][4]
- 「3.11の震災で被災した市内の歴史的史料を白石古文書の会など関係者の協力でレスキューした企画展。」[3]
- 「同市教委博物館建設準備室は、震災前から市内の歴史資料の所在確認を進めていた。震災発生を受け、歴史資料の散逸を防ぐため同市教委は市内全戸に保全を呼び掛けるチラシを配布。その結果、被災民家から約78件の情報が寄せられ、市教委が「白石古文書の会」「宮城歴史資料保全ネットワーク」など文化財レスキュー活動団体の協力で現地を訪問して歴史資料を調査し、数万点の資料を集めた。」[4]
- 「展示しているのは、訪問調査で確認されて市に寄贈された歴史資料11点。」[4]
- 2012年11月2日: ミュージアム公式サイトに白石城天守閣、大手二ノ門、土塀の災害復旧工事完了報告掲載[5]
- 2012年10月6日: 「鬼小十郎まつり」開催[5]
- 2012年9月30日: 白石城一般公開再開[5]
救援情報
- 白石市が白石城の復興を目的とする寄付金のための口座を開設している。[6][7]
- 窮状を知った市民や地元企業、全国の歴史ファンらが復旧を後押しする。市に届いた寄付金は2011年8月末現在、51件約280万円[2]
自由記述
情報源
記入者
- Waterperiod(トーク) 2013年2月2日 (土) 14:27 (JST)
- stkyoshima 2011年11月17日 (木) 00:56 (JST)
- ta_niiyan 2011年4月29日 (金) 03:20 (JST)
- 木下
- 福田
元情報